足止めの狛犬                     原作:久伊豆神社に残る謂れ 脚本:玄庵                         

むかしむかし越ケ谷宿に侘助という若者がすんでおったそうな。

小さな畑と古い家におばばとふたりっきりで暮らす質素な暮らしじゃった。

しかし侘助は毎日毎日遊びほうけては草加の宿に繰り出すような男じゃった。

「おばば いってくるぜ」
「どこいくんだい!毎日毎日仕事もせんと!また酒飲みに行くのか?」
「うるせぇ!ばばぁ!」

こうしてひどい時には幾日も帰ってこんかった。たまに帰ってきたと思ったら借金取りと一緒に帰ってきては、なけなしの金を家から持ち出すような日々じゃった。

幼い頃に両親を亡くした、侘助が不憫じゃとおばがが可愛がりすぎたもので

ロクでもない人間に育ててしまったと悔やんでおった。

困ったおばばは日光街道のそばにある久伊豆神社のかみさんにお参りをしたんじゃ。

「かみさま、侘助は心根の優しい子です。どうか心を入れ替えて、まっとうに働き、貧しくても幸せに暮せるようにお願いします」

久伊豆神社の大鳥居をくぐり、あの長い長い参道を毎日毎日、参拝したそうじゃ。

ある雨の日じゃった久伊豆神社のかみさんに、いつものようにお参りした帰り。

参道の小さな赤い鳥居の生垣にやせ細って、泥にまみれた子犬が震えておったそうな。

「くーん くーん」

「おぉ可哀想に捨てられたのか?寒かろう?ひもじかろう?さぁおいで」と

おばばは寒さに震える子犬を濡れるのもいとわず、懐に入れ家に連れて帰った。

おばばは急いで湯を沸かし子犬を暖めてあげた。
「さむかったろう?なぁ、どうだい気持ちいいだろう?」


よく見ると痩せてはいるが本当に可愛い子犬じゃった。
「あんたはかわいいねぇ、シロって名前にしてもいいかい?」

「わん わん」

「シロ。さぁひもじかったろう、稗の粥ぐらいしかないが温まるよ おたべ」

その夜は・・一緒の布団に子犬を抱きながら寝た、おばばは不思議な夢を見たんじゃ

それは真っ白に光るシロが霧の中を侘助と一緒に、歩いている夢じゃった。
「侘助!シロ!」と呼ぶと振り返りニッコリ笑って消えたそうじゃ


次の日の朝、遊んで帰ってきた侘助が水を飲んでいると子犬の鳴き声がする。
「わんわん」

侘助は声のする方を探してみた、なんとも可愛い子犬がチョコンと座って、首をかしげ侘助を見つめておったんじゃ。

「ほぇ~可愛い犬じゃなぁ~こっちおいで」と呼ぶとちぎれんばかりに尻尾を振って一目散に侘助に飛びついた。

「わんわん」

「おぉぉ可愛いなぁ~可愛いなぁ おめぇどっから来た。」

(その声を聞いておばばが奥から出てきた)

「侘助帰ったんか?昨日、捨てられて雨に濡れておったんで連れてきたんじゃ」

「ほう~そうか。そりゃおばばもいい事をした」

「お前なんぞにゃ言われたくないわい!」

「そりゃ~そうだ!わははは」

「ほほほ」

久しぶりに笑いあう、おばばと侘助じゃった。ほんとうは心根の優しい侘助はいっぺんで子犬が大好きになったんじゃ。

それからというものは毎日毎日子犬と一緒にいたいばかりに、遊びにもいかず畑仕事も手伝うようになったんじゃ。

おばばは久伊豆神社のかみさんに畑でも手を合わせ心から感謝したんじゃ。

「久伊豆のかみさま おかげさまで侘助も良く働くようになりました。もう安心ですね、ありがとうございます」

「やぁ詫助さんよ!畑仕事に精が出るね!」
「やぁ川上さん!白菜が上手く出来ないので今度教えてください」
「あぁ~いつでも良いよ。うちの畑に来たら良い。ついでに嫁さんでも紹介するかね?」
「いやぁ、無理無理」
「そういやぁ、幼馴染の可愛い子が居たね。。名前は。。えっと・・」


「詫助さぁ~ん」

「あ~~~!」

「びっくりしたぁ。川上さんいったいどうしたの?」

「いやぁ。。。なんでもないよ、うん ゴホン ゴホン」

「へんな 川上さん」

「こんにちは、さとちゃん」

「良いお天気ね、侘助さん。畑仕事ご苦労さま、ワンちゃん可愛いね。君、名前はなんていうのかな?」

「シロだよ」

「そうかぁ~シロかぁ。可愛いね。抱っこして良い?」

「ワン」

「シロ、よかったなぁ、いつもより多めに尻尾を振ってまぁす。なんてね、シロも嬉しそうだよ。」

「ふふふ」(さとちゃんが笑う)

「あ!シロ!見てご覧、凄く綺麗な夕焼けだよ。」

「わぁ~ ほんとだぁ」(全員)

幸せな日々が続いた。。。ところが

暑い暑い夏の日のことじゃった。

畑仕事を終えた侘助が家に戻ると目に付いたのは

秋の収穫を祝うお供えの日本酒だった。

ひんやりとした酒につい手が伸びてしまった侘助

「お!上手そうに冷えてる酒がある。久しぶりだが。。。いや!やめとこ。。。。うむむ、一杯だけならいいか!」

「うまい!もう一杯だけ・・・もう一杯と。。。これで最後。。ね!。。。ひっく」

「おばば ちょっといってくるぜ!うぃっ」

「こりゃ!そんなに酔っ払ってどこいく!」

「うるせぇ!ってんだよぉぉ どこだっていいだろ」

「わんわん」

「どけ!シロ!」

「わんわん」

「うるせぇ!」

「キャン」


そうして草加の宿に繰り出しては、またまた、毎日のようにバカ騒ぎを始めたんじゃ。

盛り場の男 「詫助のだんなぁ~おみ限りじゃないですかぁ。みんな寂しがってますよ」

侘助「なかなか、忙しくってね。」

盛り場の男「今日はどちらへ?」

侘助「みとやに行きたいんだが。。。手持ちがちょっとね」

盛り場の男「旦那の為でしたらあっしが一肌脱ぎましょ。お金は親分に頼んで、貸して差し上げますよ。いえ!返せる時で良いので幾らでも。。。」

侘助「いつも、わるいねぇ~」

盛り場の男「侘助さんの為なら何だってね!ささ!野暮なことは無しでパァーと行きましょ!」

盛り場の男「侘助さまの到着だ!みんなお出迎えだよ!」

「わびさまぁ~ひさしぶり」「ははははは」「今夜は呑むぞぉぉ」「そぉ~れ!」
(酒場の喧騒の音~女の笑い声~酔った侘助の声がないまぜになって消える)

(静寂の中~鳥の鳴き声と重い音楽)

酒を飲んでは銭を借り、銭を借りては遊び、を繰り返して大きな借金を作ってしまった。

そうして最後には恐ろしい男どもが、銭を取りに家にまできてしもうた。

木戸を叩く音

「おい!侘助!戸をあけろ!」

木戸を叩く音

「どちらさんですか?」

「どちらも、こちらも無いよ。侘助!銭返さんかい!調子に乗りぁがって!」

(おばばは侘助をかばいながら)

「すみません すみません 今家にお金は無いです。もう少し待ってください。作物が採れたら売って返せますので、もう少し待ってください」

「こんなちっけぇ畑どれだけ採れるんじゃ?舐めるのも大概にせいや」

「すみません。どうしたら待って貰えますか?」

「おぅ。ちっけぇ土地じゃが、あるお方がな、新しい街道を通すのに邪魔になるという話なんじゃ。立ち退きの証文に判子をつくってぇのなら、許してやらんでもないがな」

「何を言ってるんですか!ここは先祖から受け継いだ大事な土地譲ることは出来ません!」

「お前ら最初からそれが目的で俺を騙しやがったな!」

「今頃、気付いたか。調子に乗って遊び呆けたのは、てめぇだろうが馬鹿め!」

「てめぇら やってしまえ!」「おぉ!」

「このやろう!」「こんちくしょう!」「銭かえせや!」「この土地を出てゆかんかい!」

男どもは証文に判をつかせようと、侘助やおばばを蹴ったり殴ったりしたんじゃ

「やめてください!ワシはどうなってもいいが!おばばには・・・おばばには・・手を出さんでください!頼みます!」

「老い先短いワシじゃ!侘助は侘助だけは、許してやってください!」

必死にかばい合う、ふたりじゃった。

その時、奥の間から犬の唸り声がする。白い犬が吠え、おそろしい男どもに飛びかかったんじゃ。

「うーーーーわんわんわん」

「うわぁぁ」

侘助とおばばを守ろうと男どもと必死に闘うシロじゃった。

「いてて!こりゃ!」「いって!足噛みやがった!」「こりゃ参った!」

「このやろう!またくるぞ!」「またくるぞ!」「おぼえてやがれ!」

横たわるシロ、まだ子犬のシロは、男どもに棒で殴られ、酷いケガをさせられてしもうたんじゃ。前足は折れ白い体はあちこち血で滲んで赤くなっておった。

「シロ!シロ!」侘助の声にうっすらと目を開けて侘助の手を舐めるシロ

「くぅ~ん」

「シロ!わしが悪かった、わしが悪かった、死なないでくれ!死なないでくれ!」

(鳥と虫の鳴き声)

侘助は必死になってシロの看病をした。
貧乏じゃったから麻縄で編んだ包帯を巻いて、動いても痛くないようにしたんじゃ。
しかしシロの怪我はひどく二度と歩けないようになってしもうた。

詫助はシロに栄養のあるものを食べさせようと、畑仕事にも精を出し、朝早くから夜遅くまで一生懸命に働いたんじゃ。

シロが楽しみにしている散歩も侘助が籠に入れて連れて歩いた。

「お!シロ良いなぁ散歩かい?」

「わんわん」

「毎日、精が出るね、詫助さん」

「○○さん、おはようございます。いやぁ、俺のせめてもの償いです。シロには本当に済まないことをしたと思っています」

「そうかい、そうかい、良い心がけだね、シロも許してくれるよ。なぁシロ」

「わんわん」

毎日の畑仕事でもあぜ道にシロを寝かせ、時折声をかけた。

「シロ!大丈夫か?」
「ワン ワン」と嬉しそうな声が返ってくる。

侘助は少しずつでも元気になってゆくシロが可愛ゆうて仕方がなかった。自分のことよりシロのことを考えて働くようになったんじゃ

そうやって毎日をコツコツと、一生懸命働いている間に、借金も消え、いつしか越谷御殿と言われる程の大きな家を持つ地主になったんじゃ。

シロかい?
シロはなぁ。。。侘助が一生懸命仕事をするようになって、歩けないはずのシロが突然消えるように居なくなってしまったんじゃ。

「おはようございます。神主さま」

「やぁ おはようございます。毎日ご精がでますね。」

「ここに来ると落ちつくものですから」

「そうですか。いつでもおいでください。」

「ありがとうございます。」

(久伊豆神社の境内でおばばが手を合わせている。)

(柏手を打つ2回)

「久伊豆のかみさま、願いを叶えてくださってありがとうございます。お陰さまで侘助は立派な人間に生まれ変わりました。」

参拝を終わってふと横を見ると見慣れない狛犬がチョコンと座っていたんじゃ。

「はて?こんな狛犬おったかいのぉ?」

「これは!侘び助が編んだ麻縄の包帯!!!シロか?シロじゃないか!」

その狛犬が、首をかしげ、にっこり微笑んだようにみえたんじゃと。

「シロ!シロ!ありがとう ありがとう」

久伊豆神社の狛犬が白い子犬に姿を変え、おばあさんの願いをかなえてくれた。

そんな話が越谷宿の人たちに広がり、日光街道沿いに、やがて日本中に広まったそうな。

それからというもの久伊豆神社には、日本中から家に帰らない人や愛する人の行方を案ずる人が狛犬の足に麻縄を巻き祈るようになったんじゃ。

今でも越谷の久伊豆神社には、足止めの狛犬がニッコリ笑って座っておるんじゃ。

おしまい

原作:越谷の昔話「足止めの狛犬」 脚本:玄庵
第5稿 2015年4月7日